和泉 式 部。 和泉式部 ~恋にまっすぐな平安ジェンヌ~

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『歌枕名寄』も未勘国とする。 歌を通した駆け引きは、読んでいて息詰まる。

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有說她幼時曾名「御許丸」,於當時太皇太后宮裡,以童女身份侍奉(因為她的母親本是侍奉昌子內親王的,稱為「介內侍」 )。 【補記】正集の順序によれば、藤原保昌と結婚後、夫以外の男に贈った歌らしい。 この世を捨てるのも悲しいし、住み続けるのも耐え難いし。

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連絡するのは 自分の動作ですが、「連絡」を受ける相手に対する敬意を表すため、 謙譲の接頭語「ご」を付けます。 【参考】「古事記」(の泣くさま) その泣く状は、青山は枯山なす泣き枯らし、河海は悉に泣き乾しき。

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中でも有名なのが「女房批評」の部分でしょう。

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【補記】正集冒頭の百首歌。 これでは本宮参拝もできないと諦め、彼方に見える熊野本宮の森を伏し拝んで、歌を1首、詠んだ。

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だれが父親なのか。 【補記】透明であるはずの風が、秋は身に染みる。

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【参考歌】曾禰好忠「好忠集」「続古今集」 君恋ふと心はちぢにくだくるをなど数ならぬ我が身なるらむ 【主な派生歌】 よせかへり千々にくだけてあら磯やひとつもうせぬ波の月影 恋歌の中に かく恋ひばたへず死ぬべしよそに見し人こそおのが命なりけれ (続後撰703) 【通釈】こんなに恋しく思っていたら、堪えきれずに死んでしまうだろう。

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【補記】続集では詞書「内侍なくなりたる頃、人に」。 親王のしたり顔が思い浮かぶけれども、致し方なく「おっしゃるような上手い歌は、どうして詠めましょうか」と断り書きして贈った歌。 男たちの権力闘争をつづった表向きの歴史とは別に、文書に記されなかった女の歴史があったと、柳田国男は示唆している。

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